2023年4月4日
|
今回はいよいよ、第4回日本サービス大賞で見事にトップ賞である内閣総理大臣賞を受賞したエアークローゼットに注目してみます。実は今回初めて、日本サービス大賞の内閣総理大臣賞をスタートアップが受賞したということもあり、非常に注目が集まっています。幸運なことに私は、この3月にエアークローゼットの天沼CEOの講演会に、日本生産性本部のシンポジウムとサービス学会の国内大会で2度参加する機会を頂いたため、その際のお話も交えて取り上げたいと思います。
月額制ファッションレンタルサービス「airCloset」は、サイズや好みなどを登録すると、約300ブランド35万着以上(2022年7月現在)からスタイリストが厳選した洋服が自宅に届きます。返送期限はなく、返送時のクリーニングも必要ないため、仕事や家事・育児で忙しい毎日でも日々の生活を変えることなく、“ワクワクする新しいファッションとの出会い”を楽しめます。今では会員数は100万人を超える国内最大級のファッションレンタルプラットフォームに成長しています。
(受賞事例の詳細はこちら)
エアークローゼットのサービスモデルについて深く理解すると、価値共創サイクルの全体像が実によく考えられていることに気付きます。今回はその中でも、他社との違いを生み出し、顧客から圧倒的に選ばれ続けるための体験価値を生み出している「サービス設計・サービスデザイン」に着目してみようと思います。
積み上げ型で体験価値を共創する
エアークローゼットは単に洋服が定期的に届くというサービスではなく、新しいファッションと出会うワクワクという価値を共創する工夫が随所にされています。
たとえば、最初に自分のサイズや好みなどを登録して「スタイリングカルテ」を作成したら、その情報を踏まえて、届いた洋服についての着回し方や手持ちの洋服との合わせ方、小物とのスタイリング方法など、プロのスタイリストからのアドバイスやメッセージも一緒に届きます。このコミュニケーションがあることで、忙しい中で着回しやスタイリングに悩むことに時間を使ってしまうことなく、届いたその日から安心して着こなせます。
同時に、毎回届いた洋服についての評価や感想を顧客からフィードバックするしくみになっています。これによって、最初に登録した「スタイリングカルテ」では表現しきれなかったり、その時には気付いていなかった自分の好みについて、「スタイリングカルテ」をアップデートして顧客とエアークローゼットとの間で共有することができ、この情報を次回からのスタイリングに活かしていくのです。
このように、スタイリストからのアドバイスと顧客からのフィードバックが相互に積み上がることで、使えば使うほどに顧客の好みに合わせてパーソナライズされたファッションとの出会いというワクワクする体験価値を共創していると言えます。
ワクワクの鮮度を保つサービス設計とは
ここで1つ疑問が生まれます。多くの定額制や会員制のサービスで悩んでいる、「価値やワクワクの鮮度をどう保つか」という問題です。エアークローゼットの場合、自分の好みに合ったファッションが届くという体験が続くと、徐々に新鮮さが薄れてマンネリ化して、ワクワクしなくなってしまうのではないか。この点について質問させて頂いたところ、さすがしっかりとサービス設計で工夫されていました。
例えば他の月額制ファッションサービスには、「ワンピースプラン」のように、対象となる洋服の種類やブランドを選択するものがあります。この場合、3ヶ月ほどで解約する顧客が増えてしまう悩みがあるようです。原因はまさにワクワクの鮮度が落ちることにありそうです。自分に合ったワンピースが届く経験を3ヶ月(3回)ほどすると、今後もどのような洋服が届くのか予想がついてしまい、たとえ自分に似合っていてもワクワクしなくなってしまう、ということなのではと思います。
一方でエアークローゼットの場合は、毎月のアイテム点数や交換回数によって3つのプランに分かれているだけで、「ワンピースプラン」のように洋服の種類を限定するコース選択ではありません。こうすることで、「スタイリングカルテ」をベースにしてプロのスタイリストが提案型で顧客に合うファッションを幅広く届けることができます。これは顧客にとってみれば、「自分が思ってもみなかったアイテム」や「自分では普段選ばないけれど意外とよく似合うファッション」との出会いに繋がります。ファッションとの“想定外の出会い”の体験をサービス設計できるかどうかが、ワクワクの鮮度を保ち、選ばれ続けるためのポイントです。
日本流サービスイノベーションのロールモデル
「モノからコトへ」と言われて久しいですが、まだまだモノの価値に頼ったサービス設計が非常に多くみられます。今はモノや情報が溢れている時代だからこそ、“モノで選ぶ”サービス設計はどこにでもあるため、顧客は価値を感じなくなっています。エアークローゼットはまさに、“体験価値”で選ばれるサービス設計のロールモデルだと言えます。そのポイントは、スタイリストと顧客との相互のやり取りの積み上げによってパーソナルスタイリングの精度を高めていくサービス設計と、体験価値の鮮度が色あせないプラン設計にあります。エアークローゼットはファッションレンタルのプラットフォームサービスと言えますが、すべてをデジタルで効率よく行うのではなく、スタイリストと顧客とのある種のアナログで温かいやり取りをあえて組み込むことで、“ファッションとの出会いのワクワク“という体験価値を実現しています。エアークローゼットではこれを「提案型」と表現されていましたが、私は「探索型」のサービス設計の魅力を感じました。もちろん、顧客ごとの「スタイリングカルテ」をベースにしたスタイリストからの「提案」は大きな価値ですが、そこに顧客とのフィードバックのやり取りを積み上げていくことで、顧客に合ったファッションを一緒に探索したり、新しいファッションと出会う体験そのものを探索する、探索パートナーとしての価値がエアークローゼットのサービス設計から生み出されているのではと感じたのです。ファッション業界に限らず様々な業界で、モノが溢れて顧客自身が何が欲しいのか分からない時代になりました。だからこそ、探索型のパートナーとして選ばれ続けるためのサービス設計への変革は、様々なサービス事業の伸びしろを掴むキーワードになりそうです。
※参考書籍はこちら
--------------------------------------------------------------------------------
<筆者プロフィール>
松井 拓己 (Takumi Matsui) 松井サービスコンサルティング 代表 サービス改革コンサルタント/サービスサイエンティスト |
|
サービス改革の専門家として、業種を問わず数々の企業の支援実績を有する。国や自治体、業界団体の支援や外部委員も兼務。サービスに関する講演や研修、記事連載、研究会のコーディネーターも務める。岐阜県出身。株式会社ブリヂストンで事業開発プロジェクトリーダー、ワクコンサルティング株式会社の副社長およびサービス改革チームリーダーに従事した後、松井サービスコンサルティングの代表を務める。 |