2023年2月10日
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先日、埼玉県生産性本部が主催するシンポジウムにて、第4回日本サービス大賞の審査員特別賞と優秀賞をダブル受賞したBABY JOB株式会社の上野社長と一緒に登壇させて頂く機会がありました。そこで、保育施設に子どもを預ける保護者に対する、おむつ使い放題のサブスクリプションサービス「手ぶら登園」の取り組みについて、非常に興味深く意見交換をさせて頂きました。
このサービスは、なぜ“サブスクリプション”でなければならないのか?サブスク型なのに、顧客に積極的に解約をオススメするのはなぜか?どうやってここまでサービスを進化させてきたのか?「おむつのサブスクは足掛かりに過ぎない」とのことで、どんな展開を目指して動き始めているのか?など、その議論の一部を紹介したいと思います。
紙おむつのサブスクリプションサービス「手ぶら登園」
「手ぶら登園」は、全国3,000ヶ所以上の保育施設に導入されている、保育施設に直接メーカーから紙おむつを届ける、おむつのサブスクリプションサービスです。「すべての人が子育てを楽しいと思える社会」をめざして、まずは子育て中の“子どもと向き合わない時間”に着目し、サービスを構築しました。毎日園児の名前を手書きして紙おむつを持参し、使用済みを持ち帰る保護者の負担を軽減。同時に、保育施設で働く保育士が、園児ごとにおむつを分けて管理する負担を軽減。加えて、保護者に対して保育士から、おむつの持参を督促するなどの心苦しいお願いをする場面を削減。子どもに向き合う時間を創出し、保護者と保育士がパートナーシップを構築するためのサービスへと進化を続けています。
(受賞事例の詳細はこちら)
手ぶら登園のサービスイノベーションをひも解く前提として、このサービスの“顧客”について理解しておきましょう。サービスの契約者は、子どもを保育施設に預ける「保護者」です。しかし、このサービスの利用者は、メーカーから配送される紙おむつを受け取り、それを管理・発注する保育施設の「保育士」ということになります。「保護者」と「保育士」の両方に受け入れられなければ、このサービスは価値を生み出すことができず、事業成長できないというわけです。
開発秘話に学ぶサービス設計と進化のカギ
実はBABY JOB社創業当初より、自社グループにて保育所を運営しており、全国40か所以上にのぼります。手ぶら登園サービスは当初、この自社で運営する保育所でのトライアルからスタートしました。最初は、おむつの使用量によって料金が変わらないと不公平になると考え、年齢やサイズ、登園日数による価格を設定。すると、その管理だけで保育士の負荷が増大してしまい、自社の保育所ですら全く受け入れてもらえなかったそうです。そこで、登園が「平日のみ(5日)」か「平日+土曜(6日)」か、2択の価格設定に変更します。しかしここでも、「土曜に登園しても、平日に休んだ場合は5日分の料金では?」など、保護者の納得感は得にくかったそう。こういった経緯で、“シングルプライス”つまり今でいうサブスクリプション型になったというわけです。
この一連の経緯から、たくさんのことが学べます。まず、サービスの価値の原点である「事前期待の的」をどのように見定めたのかという点。先ほど触れた通り、手ぶら登園の“顧客”は「保護者」と「保育士」の両者です。様々ある事前期待の中から、保護者と保育士の両者が抱いている“価値ある事前期待“のクロスポイントを見出したのです。それは、「お得に利用したい」とか「タスクを減らしたい・忙しさを解消したい」という事前期待ではなく、「子どもと向き合う時間を創出したい」という事前期待なのではと思います。そして、その事前期待に一点集中でサービスを設計することで、シングルプライスでシンプルなサービスでありながら、保護者も保育士も価値を実感しやすいサービスモデルを実現しているのです。
(参考)事前期待のクロスポイントを見出すという点においては、第3回日本サービス大賞を受賞したハクブンと通ずるところがありそうです。
(詳しくはこちら:第95回 人口減少社会を生き抜くサービスの組み立て方~株式会社ハクブン(第3回日本サービス大賞 地方創生大臣賞)~)
もうひとつ大切なのは、自社運営の保育所でテストを行っている点です。サービスの開発や進化は、いくら企画が優れていても、顧客接点での実験(つまりは価値共創)なくして前進しません。BABY JOBは、保育所を自社運営していたことで、新たなサービスに対する保護者や保育士の本音や感触のフィードバックを受けながら、何度もサービス設計を進化させる実験を繰り返すことができたことは、大きな成功要因だったはずです。多くの企業では、サービス開発は市場にリリースするまでのプロセスだと考えられていますが、サービスの価値は顧客と一緒につくるもの(つまり価値共創)なので、顧客接点での実験も開発プロセスの途中段階なのだと心得なければなりません。効率重視で顧客接点を外部化したり自動化する企業は多いですが、サービスイノベーションに持続的に取り組むためにも、サービス事業や顧客接点の在り方を考え直す必要がありそうです。
(参考)サービス進化の実験場に関しては、第2回日本サービス大賞を受賞した陣屋と共通しています。
(詳しくはこちら:第66回 事例に学ぶ優れたサービスのポイント:陣屋 旅館・ホテル経営をITの力で改革する「陣屋コネクト」 (2/2))
あえて解約をお勧めするサブスクリプションモデルとは
ちなみに、「手ぶら登園」のサービス設計で私が非常に面白いなと思った点があります。トイレトレーニングが始まり、おむつからの卒業の時期が近づいた子どもの保護者に対して、BABY JOBや保育所から積極的に解約をオススメするというのです。一般的なサブスクリプションサービスの場合、継続率を高める努力をしています。中には、解約しにくいサービス設計に悪意を感じるケースすらあります。BABY JOBはその逆で、解約は「おむつからの卒業、おめでとう」という価値観で運営しており、満足度がMAXの状態で解約頂くことを目指していると言います。保護者の満足度が高い状態で解約になれば、保育施設や保育士の満足度も高まり、その後の継続利用と保護者への推奨が期待できるというわけです。当連載で以前、リピートや推奨に繋がるのは「感情的な大満足のみ」というデータを紹介しましたが、まさにそれを体現するサービス設計になっているのです。こういった顧客が多いからこそ、当サービスを利用する保護者や保育施設、地域が着実に拡大しているのでしょう。そして今後、手ぶら登園のサービスに加えて、紙エプロンやコットカバー(お昼寝用シーツ)のサブスク、保護者向けの「保育施設探しサイト“えんさがそっ♪”」や「子育てサービス優待サイト」をはじめ、様々なサービスの開発や連携が進むことで、子どもに向き合うためのプラットフォームサービスへと進化していけるのではと思います。
他にも、今回の上野社長とのセッションを通して、サービスの進化を加速するための組織運営の仕組みなど、非常に多くの学びが得られる機会になりました。そして、非常に真摯に子育て領域の社会課題に切り込もうとされており、その事業姿勢に心から応援したいと思いました。今回ご紹介できなかった点がたくさんありますので、是非読者の皆さんの目線で、BABY JOBのサービスモデルとこれからの進化にご注目頂ければと思います。
※参考書籍はこちら
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<筆者プロフィール>
松井 拓己 (Takumi Matsui) 松井サービスコンサルティング 代表 サービス改革コンサルタント/サービスサイエンティスト |
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サービス改革の専門家として、業種を問わず数々の企業の支援実績を有する。国や自治体、業界団体の支援や外部委員も兼務。サービスに関する講演や研修、記事連載、研究会のコーディネーターも務める。岐阜県出身。株式会社ブリヂストンで事業開発プロジェクトリーダー、ワクコンサルティング株式会社の副社長およびサービス改革チームリーダーに従事した後、松井サービスコンサルティングの代表を務める。 |