2021年5月10日
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近年、科学技術の進歩によって、サービス事業にロボットやAI、IoTなどのテクノロジーを活かそうというサービス改革が増えています。しかし一方で、先進技術を導入したものの、ビジネスの現場で活かしきれないケースや、ツールの導入によって逆にサービスの価値が削がれてしまっているケースが多々あります。これまで触れてきた通り、サービスの価値を高める設計ができていないのに、闇雲にテクノロジーを導入してもうまくいきません。それ以外にも、技術やツールの導入で事業成果を伸ばせる取り組みと、そうならないものには、明確な差があるように思います。そこで今回は、業界に先駆けてサービスの領域に科学的・工学的なアプローチを導入して大きな成果をあげている事例を取り上げます。第3回日本サービス大賞の経済産業大臣賞を受賞したがんこフードサービス株式会社の「屋敷シリーズ」です。
がんこフードサービス株式会社
おもてなし×サービス工学による懐石料理サービス「屋敷シリーズ」
(受賞事例の詳細はこちら)
江戸時代初期に建築された歴史的な伝統家屋を取り壊してマンションを建てる計画を聞き、何とか日本文化を守りたいとの思いから、その建物を利用した「屋敷シリーズ」が始まりました。今では各地の伝統家屋を活かして9店舗を展開しています。屋敷シリーズのサービスは、歴史的に価値のある伝統家屋で懐石料理を日本文化の体験とともに味わうものです。こだわっているのは、高付加価値なサービスを、日常の外食の範囲で利用できるようにリーズナブルに提供すること。これを実現するために、科学的・工学的アプローチで体系化されたサービスシステムを構築して、効率化と価値向上の両立を同時達成しています。
サービスにテクノロジーやロボットを実装する
例えば厨房での行動を計測してモデル化した「キッチンシミュレータ」を開発し、厨房レイアウトや調理プロセスを再設計しました。1日の顧客数や売上の予測は、現場の勘や経験、スキルに依存していたところを、POSデータをもとにした需要予測システムを開発し、コスト改善や商品計画などに活かしています。さらには接客接点においては、エスノグラフィー(行動観察)の手法を活かして、顧客の事前期待とスタッフの意識のギャップを分析し、その結果を接客スタッフの育成に活かしています。
中でも興味深いのは、料理の搬送プロセスにロボットを導入している点です。ロボットを、あえて顧客接点に混ぜたといいます。一般論ですが、ロボットに限らずツールやしくみの導入には、現場スタッフから必ずと言って良いほど抵抗感があります。このままでは、ロボットを導入しても、あまり使われずに宝の持ち腐れです。そこで先に顧客に評価してもらおうということなのではと思います。実際にお客様は料理の搬送ロボットを見て真っ先に「面白い!」「すごい!」と感心してくれたそうです。顧客接点での良い反応は、スタッフの気持ちを徐々に前向きにしてくれたに違いありません。徐々にスタッフが積極的にロボットを使うようになります。
料理の搬送作業はロボットに任せ、スタッフは接客という付加価値業務に集中する。このように人とロボット(しくみ)が“共創”することで、付加価値向上と効率化を同時に実現できるようになったのです。加えてロボット導入により、スタッフが自分の業務だけでなく、お店全体を見る目線を持てるようになり、サービスの改善や、人材の成長も加速したそうです。
サービスのしくみを活かす自己革新プロセス
実はがんこフードサービスは、外食産業においていち早くサービスの科学的・工学的アプローチに可能性を見出し、様々な専門機関との共同研究を進めてきています。同時に、社内に「気づきサイエンス研究所」を設立して現場のスタッフをそのメンバーに起用することで、日常業務の中で常にサービスを科学的・工学的に捉える目線を持った人材を育成するようにしています。
加えて、社内ではサービス改善のQCサークル活動が40年ほど前から取り組まれています。様々なテクノロジーやしくみの導入は、それを運用している現場メンバーが主体となって改善を繰り返すことができたため、サービス事業に実装できたとも言えます。
このように屋敷シリーズでは、勘と経験の世界であったサービスの領域に科学的・工学的アプローチによるしくみを構築し、顧客・現場・しくみの 3者間での共創を生み出しました。その結果、付加価値向上と効率化を同時に実現し、営業利益率は10%程度、労働生産性は5年で11.7%向上、労働時間は10年で34%削減、離職率は10年で6.6%減少と、「高付加価値なサービスをリーズナブルに提供する」というこだわりを具現化して、極めて生産性の高いサービス事業へと進化しています。
テクノロジーやツール、しくみの導入は、それだけで価値を生むものではありません。サービスは顧客と一緒につくるものであるという「共創」の観点からすれば、サービスの価値を顧客と一緒につくる現場スタッフが、そのしくみの活用に前向きになり、現場主導で積極的にしくみをブラッシュアップしていけるように取り組まなければならないということです。そのカギは、今回の事例によると、顧客との価値共創の現場での実践の中で生まれる、顧客からの良い反応(成功体験)や自身の成長実感、あるいは業務が楽になったという実感なのではと思います。
※参考書籍はこちら
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<筆者プロフィール>
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松井 拓己 (Takumi Matsui) 松井サービスコンサルティング 代表 サービス改革コンサルタント/サービスサイエンティスト |
サービス改革の専門家として、業種を問わず数々の企業の支援実績を有する。国や自治体、業界団体の支援や外部委員も兼務。サービスに関する講演や研修、記事連載、研究会のコーディネーターも務める。岐阜県出身。株式会社ブリヂストンで事業開発プロジェクトリーダー、ワクコンサルティング株式会社の副社長およびサービス改革チームリーダーに従事した後、松井サービスコンサルティングの代表を務める。 |