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【連載】CS向上を科学する

2018年10月24日

【CS向上を科学する:第66回】事例に学ぶ優れたサービスのポイント:陣屋 旅館・ホテル経営をITの力で改革する「陣屋コネクト」 (2/2)

 




松井サービスコンサルティング
代表/
サービス改革コンサルタント
松井 拓己


 


旅館の陣屋は、サービス業におけるIT活用で有名ですが、倒産の危機を乗り越えるためにサービスを進化させる取り組みの経緯は、さらに興味深いものがあります。サービス改革は、変化への抵抗感との戦いです。長年染みついた考え方ややり方を変えられず、苦戦している企業はたくさんあります。そこで、旅館という伝統的なサービス業である陣屋が、どのようにサービスの考え方ややり方を変え、サービスを進化させたのか、その工夫に着目してみたいと思います。

 

第2回日本サービス大賞 総務大臣賞
旅館・ホテル経営をITの力で改革する「陣屋コネクト」
(陣屋)

 出典:第2回日本サービス大賞
 

“業界の常識”をよく考える

宿泊業で重要なKPIに、稼働率(満室率)があります。多くの宿泊業では、稼動率を高めるために、値下げしてでも予約で部屋を埋めます。すると、空室は減るものの、忙しくなるのに利益が出ない。現場は疲弊し、サービスの質が下がり、顧客が減っていく。この穴埋めのために、さらに安売りが加速する。こうして、稼働率を追いかけたことにより負のスパイラルがぐるぐる回って、サービス事業が傾いていきます。

闇雲な値引きで負のスパイラルに陥るのは、言われてみれば当然のことです。しかし実態は、「稼動率が高い方が良い」という業界の常識に捉われて、安売りで自己犠牲を払っている旅行業界のサービスは多いものです。このように、“業界の常識”に捉われて苦戦している事業は、他業界でもよくあります。


「うちは稼動率を追わない」という覚悟

陣屋もまさにそうでした。稼働率を気にして、不毛な値引きを繰り返していたと言います。しかし倒産の危機に直面して変わりました。
―― 稼働率は追わない
危機を乗り越えるためには、稼動率を下げてでも、利益を生み出す事業運営にこだわらなければなりません。そのため、サービスの価値を高めて、宿泊料が高くても利用してくれるリピート顧客を増やすことに専念したのです。

最大の課題は、サービススタッフのレベルアップでした。施設や料理を豪華にしても、スタッフのサービスレベルが高まらなければ、結局のところサービスの価値は高まりません。長年染みついたサービスの考え方ややり方を変える。そこで、変化への抵抗感を乗り越えて、サービスを進化させるカギを握ったのが、「おもてなしの実験室」です。


「おもてなしの実験室」でサービスを磨き上げる

これは、自動車メーカーでいうところのF1だといいます。極めてハイレベルな技術を必要とする究極の競争環境に飛び込むことで、そこで得た経験知やスキルをもって、自動車の開発やスペック向上を進める。このF1と同じ役割を担うのが、サービスにおいては「おもてなしの実験室」だというわけです。

陣屋には、松風という貴賓室があります。これまでは、年に数回の大きなイベントでしか使用していなかったこの部屋を、一般のお客様が宿泊できるワンランク上の料金設定の部屋として開放しました。部屋だけでなく、スタッフによるサービスもワンランク上に磨き上げるために、「貴賓室担当」を決めて、一人でお出迎えからお見送りまですべてを担当することにしたのです。当然ながら、貴賓室を利用する顧客の事前期待も、ワンランク上。貴賓室担当は、その期待に必死になって応えることで、お客様からの声や反応に学びを得ながら、サービスを進化させていったのです。

やがて、おもてなしの実験室である貴賓室で、高価でも利用してくれる顧客が増えて成果実感が高まるとともに、変化への抵抗感が薄れて、陣屋全体のサービスレベルの向上へと波及していったのです。


サービスの実験室を見つける

サービスの進化に有効な「おもてなしの実験室」や「サービスの実験室」。これは、部屋を作ろうという意味ではありません。今までの考え方ややり方が通用しない場に飛び込んで、顧客接点での経験知をもってサービスを進化させる。長年の考え方ややり方を変えて、お客様と一緒にサービスを進化させることに、成功体験を得ることが重要なのです。サービスの実験を進めるために、サービスプロセスの一部分だけを抜き出したり担当者を選任するだけでも、できることはたくさんあります。

既にサービスの実験に取り組んでいる企業もあります。たとえば、ご相談プロセスだけを徹底的に磨き上げる。コールセンターで、部門の枠を越えて顧客対応をする経験を加速する。顧客接点で仕事をしていない社員が店頭に立ち、顧客の反応から気付きを得る。部門の垣根を越えて、顧客に寄り添うことを専任とするスタッフを決める。

顧客と一緒にサービスを進化させるための実験は、案外に明日からでもできることが多いものです。サービスを進化させるための「サービスの実験」に、是非挑戦してみたいものです。
 

 

※参考書籍はこちら
日本の優れたサービス~選ばれ続ける6つのポイント~

 

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<筆者プロフィール>
     

 


 松井 拓己 (Takumi Matsui)  
 松井サービスコンサルティング  
 代表
 サービス改革コンサルタント/サービスサイエンティスト

サービス改革の専門家として、業種を問わず数々の企業の支援実績を有する。国や自治体、業界団体の支援や外部委員も兼務。サービスに関する講演や研修、記事連載、研究会のコーディネーターも務める。岐阜県出身。株式会社ブリヂストンで事業開発プロジェクトリーダー、ワクコンサルティング株式会社の副社長およびサービス改革チームリーダーに従事した後、松井サービスコンサルティングの代表を務める。
著書:日本の優れたサービス~選ばれ続ける6つのポイント~(生産性出版)
         https://www.amazon.co.jp/dp/4820120654

▼ホームページURL/サービスサイエンスのご紹介
   http://www.service-kaikaku.jp/