2017年6月30日
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日本のサービス産業の生産性向上が大きな課題になっています。しかし長年、「生産性」といっても効率化の取り組みが中心でした。効率的にサービス事業を運営することは重要ですが、サービスの価値を高めなければ、これからの厳しいビジネス環境を生き抜くことはできません。サービスの価値を高めることで、顧客から評価され、他社に差をつけ、選ばれ続ける「優れたサービス」の実現が必要とされる時代になったのです。
顧客、従業員、事業を犠牲にしないサービス向上を
サービスの開発や価値向上といっても、「いかに売るか」にしか着目できていない取り組みが散見されます。もちろん事業である以上、事業成長は欠かせません。しかし、そのための取り組みが提供者都合の押しつけでは、顧客からの評価は低下し、従業員は疲弊してしまいます。
また近年、「おもてなし」の取り組みに熱心な企業が増えています。おもてなしは、日本のサービスの大切な価値観ですが、これが拡大解釈されて、サービス提供者が自己犠牲もいとわず顧客に尽くすことを良しとするような取り組みも見受けられます。
最近では、「働き方改革」に熱心な企業も増えています。サービスは忙しさとの戦いでもあるため、従業員の疲弊を解消することは重要です。しかし例えば、残業時間を減らすことに成功した結果、「働き甲斐」までも削り落としてしまい、人材が退職してしまったというケースがあります。また、サービス提供者側の都合で一方的にサービスをやめたり、顧客対応を手薄にしてしまっては、大切な顧客からの評価の低下を招きます。
これらの結果、顧客、従業員、事業の誰かが犠牲になってしまうことで、事業が傾いてしまうことすらあるのです。顧客満足、従業員満足、事業成長のどれかを犠牲にするのではなく、三者が価値を実感できるサービス向上が求められています。
サービス事業に潜む6つの壁
サービス向上をやりたくても、なかなかうまくいかない。これまで様々なサービスに関する悩みや課題に触れてきた中で、いくつかの壁があることがわかりました。
◆建前の壁:サービスの「おまけ意識」から抜け出せない
サービス向上やCS向上と聞くと、白けてしまう企業が意外にも多いものです。「お客様の手前、建前で言っているだけでしょ。」という本音が聞こえてきます。
「サービス」という言葉は、「サービスしてよ」というように、主に「おまけ」や「無料」のような意味合いで使われてきました。このサービスの「おまけ意識」がまだ根強く残っていることもあります。サービスの価値向上や競争力強化に注目が集まる中で、当のサービス事業者の意識や建前論が壁をつくってしまっていることが多いものです。
◆情熱の壁:サービス向上への思いに火がつかない
日本のサービス事業者には、とても熱い思いを持っている方がいます。しかし、周囲の理解が得られず、取り組みが思うように進まないと、情熱の火が小さくなってしまいます。取り組みがぶつかった壁を乗り越えるためには、サービスへの情熱の火をつけ直さなければなりません。そしてその熱い思いを周囲に伝播させていく必要があるのです。
◆顧客不在の壁:何をやっても顧客に響かない
「いいサービスは喜ばれるに決まっている」と思い込んで、勝手につくったサービスを一方的に顧客に押しつけていては、サービスで顧客に喜んでいただくことはできません。これが「顧客不在の壁」です。顧客不在でつくられたサービスでは、余計なお世話や無意味行為、迷惑行為と言われてしまいます。何をやっても顧客に響かないのは当然です。
◆闇雲の壁:何から手をつけたらいいかわからない
いざサービス向上に取り組もうとしても、何から手をつけたらいいかわからず、いきなり壁にぶつかります。スローガンを掲げただけで現場に丸投げしてしまうと、サービスは目に見えないものなので、闇雲に取り組んでしまって活動が前進しません。これが「闇雲の壁」です。
◆実行の壁:プランは描けても実現しない
きれいなプランを描くだけでは意味がありません。それを実行できる人材や組織も育てなければ、「実行の壁」にぶつかって、プランが絵に描いた餅になってしまいます。しかしサービス人材の育成は、「経験を積みなさい」「背中を見て学びなさい」と言って、OJT(On the Job Training)に頼り切っていることが多いものです。もちろん、経験を積むことは大切ですが、経験だけに頼った成長は時間がかかり、個人差も生まれます。サービスの人材育成を組織的にテコ入れする必要があるのです。
◆継続の壁:取り組みが長続きしない
「いつも立ち上がっては消えていく」という悩みも多く聞かれます。活動が立ち上がった当初は盛り上がるものの、しばらくすると忙しさに負けて、活動のモチベーションが低下してしまいます。この「継続の壁」をいかにして乗り越えるかは、極めて重要な課題です。「継続は力なり」という言葉の通り、「継続を力に変える」ような取り組みにしていかなければならないのです。
選ばれ続けるための6つのポイント
サービス向上を阻む6つの壁。これを乗り越えて顧客に選ばれ続けるサービスを実現するためのポイントを6つに整理しました。「事前期待を中心に据える」「信念を原動力にする」「進むべき道を示すサービスシナリオを描く」「サービスプロセスを組み立てる」「共創型サービス人材を育成する」「価値ある成果を実感する」。
これまで当連載で取り上げてきた考え方や方法論、事例研究を、この6つのポイントに合わせて理解頂くことで、取り組みに有効な次の一手が見えてくるのではと思います。
参考書籍はこちら
日本の優れたサービス~選ばれ続ける6つのポイント~
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<筆者プロフィール>
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松井 拓己 (Takumi Matsui) 松井サービスコンサルティング 代表 サービス改革コンサルタント/サービスサイエンティスト |
サービス改革の専門家として、業種を問わず数々の企業の支援実績を有する。国や自治体、業界団体の支援や外部委員も兼務。サービスに関する講演や研修、記事連載、研究会のコーディネーターも務める。岐阜県出身。株式会社ブリヂストンで事業開発プロジェクトリーダー、ワクコンサルティング株式会社の副社長およびサービス改革チームリーダーに従事した後、松井サービスコンサルティングの代表を務める。 |