2016年10月31日
|
「事例に学ぶ優れたポイント」シリーズではこれまで、「第1回 日本サービス大賞※」の受賞サービスの中でも、比較的有名なサービスをひも解いてきました。今回は、日本サービス大賞の受賞もきっかけになり、注目を集めているサービスを取り上げてみたいと思います。
※サービス産業生産性協議会(SPRING)が主催する優れたサービスを表彰する制度
第1回日本サービス大賞 地方創生大臣賞 家づくりを物語に「工房信州の家」(フォレストコーポレーション)
出典:第1回サービス大賞
フォレストコーポレーションは、1960年設立の長野県伊那市に本社を置く地域に根ざした住宅会社です。このフォレストコーポレーションが取り組んでいるのが、「家づくりを物語に」をコンセプトにした、お客様参加型の家づくりサービスです。それも、自分の家に使う木を選んで切るところからお客様に参加していただくというものです。これにより、家づくりが家族にとっての大切な物語になっていくのです。性能や品質、デザインやコストなどのハード面で競争しがちな住宅業界において、ハード面を磨くのは当然のことながら、地域に根ざした住宅会社ならではのサービスで多くの感動を生み出し、お客様から高い評価を得ています。結果として、この住宅事業は8年間で約3倍に成長しています。
さらには、県土の70%以上を森林が占める長野県において、輸入材に頼った日本の家づくりとは一線を画す100%国産材(うち85%が県産材)を使用した家づくりにこだわり、長野県の林業の活性化にも貢献しています。また、このサービスがきっかけで、長野の山や林業従事者とお客様とが直接に触れ合うことで、地域の林業への関心が高まるとともに、林業従事者のやりがいや誇りにもつながっています。
このように、お客様にとっても地域にとっても価値のあるフォレストコーポレーションの「お客様参加型の家づくりサービス」は、地方創生大臣賞を受賞しました。受賞理由はこう紹介されています。
『自ら木を選び、伐採し、家族総出での壁塗装や装飾品制作など、顧客(施主)が家づくりに関与する体験や感動が、木や家への愛着を増幅させているサービス。家づくりの前工程から、完成、完成後のアフターケアまで、サービス全体を通じて家族の物語と感動を創出している。放置された森林の整備を促進し、国産材木の活用、地元の山守や製材店・加工職人などの雇用の促進など、長野県の林業活性化にも寄与している。』
サービスの価値を高めるとは
最近は、サービスの価値を高めて事業を成長させていこうと取り組んでいる企業が増えています。今回取り上げるフォレストコーポレーションのサービスは、そんなサービスの価値向上やサービスでの差別化に取り組む企業に、実に多くの気付きを与えてくれます。
はじめに、「自分の家に使う木を選んで切る」ということは、お客様に対していったい何を提供しているサービスなのかを考えてみたいと思います。「せっかく家をつくるので、木を切る体験は面白いイベントだね。」そう思われた方も多いのではないでしょうか。例えばお客様の中には、「実家が山を所有しているので、その山の木を使いたい」、「実家の庭の木を使いたい」というお客様も多くいらっしゃるそうです。実は、山に入って木を切ることを経験すると、もっと深い思いに気付かされます。その事例を少しご紹介したいと思います。
―――小さな子を持つ夫婦がフォレストコーポレーションで家を建てることになった。それを奥様の実家で話したら、実は山を持っているとのこと。それなら、その山の木をこれから建てる家に使えないかと聞いてみたら、山を守ってきた祖父も是非使ってほしいと嬉しそうな表情。そして、山の木を切る日。足の悪い祖父も杖を突きながら、家族全員で山に入る。この日は、旦那様のご両親も遠方から駆け付けていた。山に入ってみると、思った以上に手入れされていて驚く。そして、ある木の前で立ち止まり話始める祖父。聞けば、この木はお父さんが子供のころに祖父と一緒に植えた木だった。「あの時の木がこんなに立派に育ったのか」と驚く父。「この木を、自分たちの家の木に使いたい。」と決まる。「息子夫婦の家に素敵な木を使わせて頂いてありがとうございます。今まで山や木を守ってきて頂いてありがとうございます。」と両家の両親や祖父が言葉を交わしている。そして、いよいよ木を切る瞬間。チェーンソーの音と共に、木が切られていく。そして、木が倒れ始める。メリメリメリと、音を立てて倒れる木。そのあと、静かな空気に包まれる。木の独特な香りが漂っている。見上げれば、いままで木が立っていたところだけ、ぽっかり青空がのぞいている。「いままでここに、木が立っていたんだなぁ。」自分より長く生きてきた木の命を頂いて家をつくることへの感謝の気持ち。その木を守ってくれていた祖父への感謝の気持ち。その木を植えた時の思い。命や人生がつながっていることを実感し、色んな思いがこみ上げてくる。。。感動の涙が流れることも少なくない。そして、切った木のとなりに、自分の子供と一緒にあたらしい木の苗を植えることにした。未来の家族の家づくりのために。―――
家づくりの物語は、お客様にとって、「家をつくる」ということへの本当の思いや価値を、お客様自身が見つけるための大切な経験になるのです。家づくりをお客様と一緒に進めることで、感謝と誇りの家族の物語が未来に向かって紡がれていくのです。
当連載でこれまでに紹介してきた中に、「サービスはお客様の事前期待に応えるものでなければならない」という定義があります。更には、高い評価のサービスであるためには、どの事前期待に応えるかがとても重要になるともお伝えしました。今回のフォレストコーポレーションのサービスは、事前期待の中でもお客様も思ってもみなかった「潜在的な事前期待」に応える感動サービスだと言えます。潜在的な事前期待は、お客様自身が気付いていないことが多いものです。そこで、「自分の家に使う木を選んで切る」という経験を通して、家づくりへの本当の思いや人生観にお客様自身が気づく、このプロセスに大きな意味があるのです。感動サービスを生み出すためには、潜在的な事前期待を見つけるところからお客様とご一緒する、お客様が気付くためのプロセスを用意する、という考え方がとても大切なのだと思います。
次回は、このフォレストコーポレーションのサービスをつくり届けるしくみにも迫ってみたいと思います。
--------------------------------------------------------------------------------
<筆者プロフィール>
|
松井 拓己 (Takumi Matsui) 松井サービスコンサルティング 代表 サービス改革コンサルタント/サービスサイエンティスト |
サービス改革を専門として、サービスサイエンスに基づいたサービス改革やCS向上の支援や研修を行っており、これまでに業種・業界問わず数々の企業の支援実績を有している。 |