2015年1月26日
バス沿線世帯への訪問ヒアリング。
~非顧客へのアプローチを核としたおもてなし経営~
お客さまとの信頼関係を結び直す
全国の地方都市の路線バス事業は、どこも似たような状況で非常に苦戦しています。当社も40年にわたってお客さまが毎年3 %ずつ減ってきた経緯があり、そこからお客さまを増やしていくよう取り組むには、非常に大きなモチベーションアップが必要でした。
そのきっかけは、2008年の原油の大高騰です。年の半ばで幹部社員から「このままではわが社が駄目になってしまう」という話がありました。「では、何をする」と聞いたら、やはり営業強化してお客さまを増やそうということでした。どこから始めるか。私は経営資源を集中させようと考えていた地区を想定しましたが、幹部は一つの停留所からとの主張です。「よし、わかった」と受け止め、「一つの停留所でうまくいったら隣の停留所、反対側の停留所も行い、一つの路線をやり遂げよう。一つの路線が終わったら、次の路線も同じように増やしていこう」と付け加えました。
狭いエリアから営業強化することになったのですから、一軒一軒お客さまの自宅を訪ねて、信頼関係を結び直してはどうかと社員に提案しました。実際に私が自宅を訪問し、お天気などの世間話をしている後ろ姿を見せ、不安を解消した幹部4 、5 名から営業活動を開始しました。一番驚いたのは、お客さまのほとんどに「バスに乗っていない」と言われたことです。これだけ乗っていない人がいるのなら駄目なはずだと思った反面、これだけ乗っていないならマーケットは未開拓だ、営業強化策が功を奏すればたくさんの方に乗っていただけるはずだと、ポジティブに考え直して活動を続けていきました。
お客さま目線に立って
お客さまに乗らない理由を尋ねると、不便だからと言います。そこで、お客さま目線に立つとどう見えるのだろうかと思い、自分が知らない土地でバスに乗ってみたことがあっただろうかと振り返ってみました。東京に行ってバスに乗るだろうか。乗ったことがないのです。アジアに旅行してバスに乗るだろうか。全くないのです。お客さまは乗り方がわからないから不安でバスに乗らないという仮説を立てて、その対策を取ってみることにしました。それが「おびひろバスマップ」で、単純にバスの乗り方を示したチラシを路線バスマップの後ろに入れたものです。これを持って一軒一軒を回ったところ、お客さまが増え始めたのです。
そんな中、幹部から、最近お客さまから言われることが変わってきたと報告がありました。今までは乗り方を聞かれてばかりだったが、最近は病院に行きたいのだけどどうしたらいいのか、スーパー、銀行や市役所へなど、いろいろな行き先のルートを聞かれるようになったというのです。そこで、お客さまの要望に対応するため、一つの路線を抜き出して、その路線上にある公共施設、商業施設をすべて写真入りでわかりやすく示した上で営業活動を続けたところ、さらにお客さまが増えていき、当社は確信を得ます。目的地を示し不安を解消することで、バスを不便だと思っていたお客さまにどんどん利用していただけるのです。
商業施設と路線バスをセットにした「日帰り路線バスパック」
そんなお客さまの気持ちを理解したところで、次の商品を開発しました。「日帰り路線バスパック」という商品です。これは、単純に路線バスの沿線上にある商業施設と往復の路線バス運賃をセットにしたプランです。これからは個人旅行が主体となってくる時代、応用範囲が広い商品が求められる時代ですから、路線バスにもそれにしっかりと合致した商品が必要です。このようにバスの強みと沿線の施設の強みを重ねた商品を開発し、しかも、脇役、お手伝い役に徹してメイン商品を前面に出す。これによってお客さまは路線バスであってもしっかり使ってくれます。一つの商品の情報のうち当社の情報はとても少なく、ほかは全て、施設の素晴らしい点や特筆すべき点を記載しています。当社はあくまでも脇役です。利用者が4,000名を超えた時に調べてみると、6 割以上、3,000名が地元以外のお客さまです。通常、自分の地域以外で路線バスに乗ることはほとんどありません。しかし、その常
識を打ち破るだけの特別な原理原則をもった商品が、偶然にも作られた次第です。
バス路線の沿線住民宅への戸別訪問により、40年振りに利用客が増加したことが本にまとめられ、その物語がミュージカルになって、全国で15公演してもらいました。こうして、たくさんの方から注目を浴びたり、評価を得たりすることによって、社員はどんどん自立し活発に動き始めて、最終的にはバスの運転手から笑顔が出るようになりました。「十勝バスの運転手は非常に頑張っているね」と言っていただけるようになり、その言葉がまた社員を勇気づけて、さらなるサービスアップにつながってきているところです。
五つのポイント
当社の取り組みには、五つのポイントがあります。一つ目は、非顧客に顧客でない理由を聞いたこと。二つ目は、小さく行動を開始したこと。PDCAを早く回すために、あるいはハードルを下げるためには、小さく始めることが非常に有益です。三つ目は、さらに重要なことでした。バスは移動の手段で目的ではない、当社はメインではない、お役立ち企業だということに気付いて、脇役に専念したことがさらに前進のきっかけとなりました。そして、私が最も重要だと思う四つ目が、知識は行動して初めて成果となるということです。いろいろなすばらしい知識を持っていても、行動に移す例はまれだと聞いています。私どもが気付いたこと、知ったこと、経験、知識というのは、本当に僅かなことですが、それをしっかりと行動に移してきたことで成果を生んだと思います。当社の今の原理原則は、小さな行動を早く始めることです。小さくすると核心が見えてきます。またリスクも小さくなりますので、誰でもチャレンジしやすくなります。社員が失敗を恐れずにいろいろなことにチャレンジできるようになったのは、この原理原則を活用しているからではないかと思います。最後の五つ目は、新たな価値を創造して新商品の開発をしたことです。当社は何一つ新しいものを買いそろえたわけではありません。当社が持っていたものを組み合わせ直したり、新しいものと組み合わせたりしただけで、今の価値を創造してきました。新しい価値が生まれれば新しいお客さまが生まれる、顧客の創造を実践してきたわけです。
(SPRINGシンポジウム2014in札幌にて)