2014年7月17日
「医療の質向上へQI活動」
医療現場では、確立されたエビデンス(科学的証拠)があっても、様々な理由でエビデンスに合致した診療が行われないことがある。エビデンスと実際に行われている診療との間に「格差」があることを知らなければ、より質の高い医療を提供することができない。
私が院長になってから、聖路加国際病院では、「格差」の有無・程度を示す指標であるQI(Quality Indicator)を測定し、医療の質を改善する「QI(Quality Indicator&Quality Improvement)活動」に取り組んでいる。
例えば、QIの指標の一つに「糖尿病患者での血糖コントロール」がある。直近3カ月の血糖値のコントロール状態を示す指標である「HbA1c」が7・0%以下であれば、糖尿病による合併症を予防できることが科学的にわかっている。
しかし、診療情報管理士などが、担当している医師別に電子カルテのデータを分析すると、医師によってコントロール率にかなりバラツキがあることがわかった。要因の一つが処方する薬の種類であったことから、薬の最新の処方ガイドラインを説明する勉強会への参加を医師に呼びかけた。また、コントロール率の低い医師を院長室に個別に呼び、データ分析のフィードバック面接も行った。これらの活動を継続的に行うことで、数値は毎年改善されている。
医療の質について、具体的に目に見える形にして、数値化できるものは数値化し、目標を設定し、その進捗を管理し、改善していくことは、一般の企業でいえば「PDCAサイクルを回す」ことにすぎないが、診療の現場ではこれまで目に見える形では行われてこなかった。
当院では、QI委員会(委員長=福井院長)を月1回開催し、1年以内に改善したいQIを年度初めに10項目程度取り上げ、QIごとに担当者を決めて、年度内に目標値を達成するための活動を行っている。QIはホームページと出版物で毎年公表している。
約2400の病院が加盟する日本病院会でも同様にQIプロジェクトを立ち上げた。参加する病院は開始当初は30病院だったが、2014年度は約300病院まで増えた。自分の病院のデータを時系列で比較して改善していくことに大きな意義がある。医療の質を高める上で、非常に効果があるプロジェクトだと自負している。
経営の質を高める取り組みでは、病院の業務を本当に必要なものとそうでないものに仕分けして、業務改革をゼロベースで考える「ゼロベースプロジェクト」を立ち上げ、検討を重ねている。
米国の大学での病院経営学修士号取得者を複数名、事務職員として中途採用した。一般に、病院は国家資格を持っているそれぞれのプロの集まりであり、特に医師に対しては、事務職員は何となく腫れ物にさわるような対応をとる場合が多いが、医師と堂々と議論できる事務職員が増え、一般企業と同じようなマネジメントができるようになった。
米国で開発された最新鋭の内視鏡手術支援ロボットも導入し、前立腺の手術などに大きな効果を上げている。これらの取り組みによって、医業の収支を昨年度はようやく黒字にすることができた。
医療のグローバル化については、国際性を高めるための取り組みを矢継ぎ早に行っている。
英語のホームページをしっかりしたものにした。海外の医学生を毎年20人程度受け入れるとともに、外国人の医師やスタッフを雇用している。院内の案内は、日本語、英語、ハングル、中国語の4カ国語で表示している。
外国人患者の問い合わせを一手に引き受ける窓口である「国際係」をつくった。全職員を対象に、英語力を高めるキャンペーンも行っている。
一昨年7月には、国際的な医療施設認証機関である「JCI(Joint Commission International)」の認証を日本の病院としては3番目に取得した。JCIの評価は「患者の安全性の確保」や「医療の質の向上」に関する項目が大変充実しており、当院が取り組んでいるQI活動の方向性と一致している。
サービスイノベーションの観点からみると、わが国では他の産業と比べて医療は、内向きのインセンティブしか働かない仕組みになっている。医療機関の収入は点数で表現される診療報酬で決まるので、点数がついている医療行為にのみ関心が向いてしまう。新しい発想をすぐに実践しようとしても、それは点数にならないので赤字になる。
医学分野には優れた人材がたくさんいるはずなのに、ノーベル賞は山中先生まで誰も取れなかった。それは医学・医療界が、大きく羽を伸ばして斬新なアイデアを実践させるような環境にないことを表している。物理や化学の分野に比べ、医学・医療では若い才能を伸ばしにくい。
国民ならば誰もがいつでも医療を受けられるという日本の国民皆保険制度は大きなメリットがあるが、社会保障と財政の持続可能性を確保しつつ、海外の医療産業や医療サービスと競争していかなければならない時代にはこれが足かせになることもある。病院の改革を後押しし、病院の努力や創意工夫が報われるような方向性での、より踏み込んだ議論を国に期待したい。
福井 次矢 氏(サービス産業生産性協議会幹事)・談
生産性新聞2012年9月25日号「サービスイノベーション」掲載より、2014年7月改訂