本格的な分析・診断によるJCSIの有効なデータ活用
~CSI診断による顧客経験[CX] の可視化~
(SERVICE INNOVATION REPORT Vol.25 "特集"より)
サービス産業生産性協議会(SPRING)が実施する「JCSI(Japanese Customer Satisfaction Index :日本版顧客満足度指数)の基本的枠組みや応用とデータ分析、診断と組織対応について解説したガイドブックとして『サービスエクセレンス』が今年7月に刊行された。豊富なデータや事例を交えてJCSIのデータ分析方法を詳細に解説し、分析結果の効果的な活用を提案した、434ページにわたる骨太の一冊だ。
JCSIの開発に携わり、本書を編著として書き下ろした小野譲司・青山学院大学教授に、JCSIの本質的な意義やガイドブック制作の目的、コロナ禍における注目すべき動向などを聞いた。
|
|
1980年代、世界で通用する競争力の高い高品質の製品を送り出していた日本の大手製造業に対して、小規模な業種業態中心の日本のサービス業は生産性の改善が遅れていた。
2007年、サービス産業の生産性を高める産学官連携プロジェクト「SPRING(サービス産業生産性協議会)」が始動した。発足当初に始まった取り組みの一つがサービス業の生産性向上を促す科学的指標づくり、JCSIの開発だ。
経済産業省の支援による国家プロジェクトで、当初は米国の顧客満足度調査ACSIの日本導入が検討された。しかし、日本特有の状況に合致せず、独自の指標開発が始まった。
日本ならではの特徴として、オンライン調査の実施、口コミに重きを置いた指標(推奨意向)の設置などが挙げられる。まだスマートフォンやSNSが現在のように普及する以前のことであったが、先見的な取り組みが現在までの調査の継続的一貫性と一定規模の回答確保につながっている。
現在は、スマホによる回答率が大幅に増加。PC回答者だけでなく、スマホ回答者への対応を行うなど、時代を反映した変更を重ねてきた。
企業の顧客満足度調査、いわゆる一般的なCS調査は、来店客や会員向けの依頼が多く、ヘビーユーザーの回答に影響され、高得点に偏りやすい。
JCSI調査は調査会社の登録モニターからスクリーニングして、日本の人口構成に合わせたサンプルに回答を依頼するため、自社調査では回答を拒否されがちな不満を持った層の回答も収集できる(図表1)。
さらに、業種業態を問わず、共通の指標を使うので、同じ業界内はもちろん、たとえばドラッグストアとビジネスホテルや自動車保険といった、業種業態を超えた横断的な比較が可能になる。多くの調査は特定の企業や業種に特化したものが多い。だがJCSIはその範囲をサービス業全体に広げている。同じ物差しで異業種を含めて100点満点で相対的に比較でき、サービス産業における自社の位置づけを知ることが可能だ。
ただ、一定規模のモニターが必要となる。大手企業は調査しやすいが、日本では圧倒的多数の中小零細の飲食業や小売業の調査はできない。調査できるのは実際のごく一部の企業であり、サービス産業全体を隈なくカバーしているとは言えない。また、日本在住のモニターを対象とし、インバウンド需要の調査も難しいという限界もある。
JCSIの調査は万能ではない。しかし、年1回の調査でサービス業全体におけるブランドの質の相対的位置づけを広く浅く俯瞰できるJCSIは、定期健康診断のように自身の状態を知るのに効果的な調査だ。
たとえばコレステロール値や血圧などの異常が見つかった場合、詳細な検査で原因を探る。同様に、JCSIの結果を把握した後、顧客満足やロイヤルティの源泉を探るCSI診断、顧客の視点で課題をとらえ直して自社特有の優先課題や原因を細かく探るサービス品質診断を精密検査として行うことが求められる。
企業プロモーションの一環として、JCSIのスコアが上位の企業には「顧客満足度(CS)No.1」などの商標も提供し、JCSIの指数を経営の目標値に組み入れる企業も出ている。
これまで、講演では十分に説明しきれない、伝わっていないのではないかとのジレンマがあった。また「参考図書はありませんか」という問いかけもよくいただいた。
一方で、データ活用がどう理解されているか、研究会等で議論された多種多様な感触をまとめておく必要性も感じていた。
そこで新著『サービスエクセレンス』は、これまでのJCSIの総まとめとして、講演やレポートへの執筆で散らばっていた内容を1冊にまとめた。
本書を読めば、JCSIに関する知識を網羅できるよう、活用ガイドブックとして整理している。
発刊の目的は第一に、客観的なデータと利用者の意識と行動という事実を用いた日本のサービス業の実像の正しい説明、第二に2009年~2020年の12年間でサービス業の競争戦略と顧客からの反応がどう変化してきたかの整理、そして第三に12年間の継続的調査から導いた、通説を覆す事実や発見の披露だ。たとえばハイクラスの高級サービスが必ずしも低価格の安価な商品より消費者から優れた評価を得られているとは限らない。豊富な事例を用いて、その理由も含めて解説した。
本書では、統計学的知見から、データの分析や診断についてかなり詳しく記している。そのため、データを活用する文化や風土、データに基づいた報告や意思決定プロセス、統計のリテラシーがあり、今までの調査データはたくさん手元にあるのだが、どう分析・診断・活用していいか悩んでいた企業の分析担当者の参考になるだろう。
また、他方の想定読者層として、マーケティングに関する統計分析を教養として身につけたい人、マーケティング分野の論文を書く社会人や大学・院の学生にもおすすめしたい。
CX(カスタマーエクスペリエンス)、サービス品質、ロイヤルティはどれも類似テーマだが、それぞれ別の論文や書籍に分かれ、総合的、学術的にまとめて説明した刊行物は見当たらない。また客観的データでサービス業全体を俯瞰した書籍もない。
その点で大学の先生から「サービス分野やマーケティング分野を学びたい学生の必読書」という声を多くいただいている。
CX、ロイヤルティ、顧客満足度はサービス産業だけに限った話ではない。その点では他の産業にも適用できるように、意識して書いている。
本著は12年間の調査データをフル活用し、JCSIの神髄に迫った。業種によって仮説の立て方や分析の仕方は異なる可能性があるが、データをもし購入するなら、分析は必ずした方が良い。
入門編としては2010年に出版した『顧客満足[CS]の知識』(日経文庫)を参考にしていただきたい。電車の中で気軽に読める仕上がりになっている。机に向かってしっかり学びたい人向けには400ページ超の骨太な本書がおすすめだ。
顧客満足と企業業績との関係性には当初、「たまたま都合のいい数字を紐づけているだけじゃないだろうか」と懐疑的だった。しかし、しっかりした手法で調査を5~6年間継続すると、飲食や航空、テーマパークなど、CSIと業績が連動する業種があることがわかってきた(図表2)。
顧客満足と企業業績との連動は、企業のCS活動やCSIの活用を後押しするものであるとはいえ、開発者が期待したようにはデータが活用されていない。ランキングばかりに焦点が当たり、きちんと分析して改善につなげている企業は限られている。
分析チームを社内に持ったごく少数の企業を除くと、データのリテラシーが高い企業はまだ少ない。
JCSIの活用にはいくつかのステージがある。まずランキングに関心を寄せるファーストステージ。初歩のステップとして重要だ。
次に「なぜスコアが上下したのか」「他社と同じ取り組みをしていても生まれるこの差はなぜか」などの原因にメスを入れて分析するセカンドステージだ。ただ、その分析は直観的になりがちな傾向がある。ただ集計をして、スコアの高低に注目する。単純に設問と設問を掛け合わせたクロス集計、クロス分析しか行っていないレポートではもったいない。
もう少しステージが高い企業は因果関係の絡む分析をしている。要因と結果の数値の関係を明らかにする回帰分析などの手法だ。
では、内容に少し詳しく触れたい。第1部はCSIとは何か、CS調査との違いを知っていただくためのパートである。CSIの顧客中心主義をベースとする考え方=コンセプトと、顧客の回答データの分析・診断、マネジメントへの活用という歯車を回す方法論の説明に力点を置いている(図表3)。
CSIはいわゆるブランド調査や企業でよく使うデータと何が違うか、ランキングとは一見、同じように見えるが、結果はまったく違うことなどを解説している。この概論が第1部だ。またモデルや経験則を裏付ける理論にも触れている。
顧客データはJCSIだけではなく、企業が独自に収集しているデータがある。自社の目的に合う顧客のフィードバックのエコシステムを作るパーツの一つがCSIだ。この顧客フィードバックデータのエコシステムの全体的な整理も本著特有のものだ。
第2部はCSI診断とサービス品質診断について、分析・診断方法を詳細に解説した。CSI診断やSQI診断の解説では、豊富な分析例を織り込んだ。JCSIがこれまでに取得した調査項目をほぼカバーしている。
第3部では経営戦略や現場へ落とし込む際に、組織の壁をどう潜り抜けるかを解説した。CX戦略の推進活動も、活動の必要性を明確化するKey Questionも示唆に富んでいる。
JCSIはCS改善の体系的なツールであり、経営戦略の羅針盤ともなる。改善点の優先順位がどこにあるかを見誤らず、問題の定義を顧客中心主義で行うと根本的な解決につながりやすい。
しかしながら、現実はそれほど単純ではない。KPIに落とし込もうとした瞬間、組織のサイロで狭い視野に縛られることもある。そんな時こそ顧客のレンズを通して、有意義な施策を大胆に導入するトップダウンのアプローチが重要になる。
また、多くの企業は、調査結果を見て、平均以下の部分を改善する「モグラたたき」になりがちである。しかし、すべての顧客ニーズに応えようとすれば、商品・サービスの個性は埋没する。感染対策などの対応は必須だが、差別化を図るために取捨選択も必要だ。
分析後のデータ活用ではフルスペックを求めず、まずはスモールステップで成功例を作るアプローチが取り組みやすそうだ。
コロナ禍以降、CSIスコアは全体的に上昇している。不要不急の外出自粛により、利用企業が限られていることも一因のようだ。
コロナ明けの需要復活も気になるが、注目すべきはコロナ禍による消費者の価値観の変化だ。非接触、リモートを社会全体で推進する一方で、デジタルは万能ではないことを認識すべきだ。消費者は「機械はできることが限られているからしょうがない」という先入観や諦めを感じやすく、逆に「人は万能。融通が利く。困り事を解決してくれる」との期待がかなり高い。望みが叶わないとがっかりする。人ができること、人にしかできないことを再度、見直す時期が来る。その変化がJCSIだけでなく、サービス産業のあらゆる部分へ表面化していくだろう。
またSDGsをはじめとする社会貢献の物差しにも関心が高い。環境や労働者に対する企業の配慮は数年前と明らかに変わっている。率先して企業のソーシャルな取り組みを意識する消費者の割合が増え、実践企業へのエンゲージメントはますます高くなっていく。ここに関与する消費者の発信力がどう影響するかも注目だ。
この12年間の蓄積は少なくとも日本のサービス産業に対して、先入観を客観的なデータで覆し、品質改善の具体的なヒントを示している。 いかに分析・診断し、活用するかには統計リテラシーも求められるが、『サービスエクセレンス』はJCSIに限らず、幅広いデータ分析に活用できる知識や知見を盛り込んだ。本著がゆくゆくはサービス産業全体にとって、品質向上や競争力強化の一助となれば幸いである。
※書籍情報はこちら