2017年12月4日
「きめ細かい旅館サービスを効率的に実現する
クラウドアプリケーション」
「元湯陣屋」は、神奈川県のちょうど真ん中ぐらいの鶴巻温泉にある、創業98年の旅館です。囲碁・将棋の対局は昭和の初めから計300局以上行っております。鎌倉まで、馬で半日で行けるという所で、和田義盛公の武将の陣地の跡地に建てた旅館です。
元湯陣屋 倒産の危機
私自身は、7年前までは自動車会社で研究開発をしていましたが、旅館のオーナーだった父が他界し、社長でおかみだった母が入院して、旅館は存続の危機となりました。その中で何とか旅館を残したいという思いで、私と家内で旅館を引き継ぎました。当時は売り上げが過去10年間ずっと右肩下がりで、最終的に2億9000万ぐらいまで落ちているという危機的な状況でした。その中で2009年10月に私が社長になり、短期間での業績改善が必要な状態となっておりました。
分からないだらけの現状
まず現状の分析から始めました。お客様満足度を上げて、付加価値を上げていかなければならないのですが、そのための顧客情報は前おかみの頭の中にしかなく、営業も手帳の中にしか情報がないという状態でした。そして、ネットでの販売では、当時スタッフが120人いましたがパソコンを使えるスタッフが1人しかいない状況です。経緯削減についても、商品ごとに原価率をちゃんと設置しておらず、利益率は会社全体で何%ということしか分からない。それも分かるのは翌月の税理士さんがまとめた後なのです。これは人件費にもいえることで、パートさんの割合が非常に高く、毎日の人件費の比率が分からない。結果的に、会社の利益が出ているのか経営者は分からない。社員も当然分からない。そういう状態でした。
2005年頃は、1泊2食付きで1名当たり1万3900円ぐらいでしたが、だんだん下げていき、私が入ったときには1人9800円ぐらいまで値段を下げていました。その中でこの流れを何とか変えたいという思いから、高付加価値、高単価、高稼働率を目指し、3万円を超える宿にしたいとの目標を掲げてスタートしました。
経営の改善
目標を実現するためには、いろいろやらなければいけないことがありました。その中の一つは情報の見える化です。個人の頭の中と手帳にしかない情報を、皆で共有することです。仕事を効率化して、お客様との会話の接点を増やす。こういったことを実現するためには、ただ頑張ろうと声を掛けてモチベーションを上げるだけでは難しいと感じ、旅館経営を支える基幹システムが必要だと考えました。
陣屋流システムの誕生
2009年10月に基幹システムを探しましたが、当時はそういったシステムが市販では売られていなくて、自社で作ろうと決めました。これが「陣屋コネクト」というシステムです。スタッフ同士の仕事の流れとか、お客様の物語をつなげたいとの思いで、この名前にしました。
陣屋コネクト導入効果
陣屋コネクトは、旅館で使う全ての機能を乗せていこうと考えて、開発をしてきました。そして、これを開発していく中で、仕事の流れは変わりました。今までホワイトボードに書いて、次の日に消して、消されて残っていかなかった情報がクラウド上に残っていくようになり、お客様がいらっしゃってから思い出してやるという接客から、積極的な先回りした接客ができるようになってきました。
あとはchatterという社内SNSです。これを活用して情報共有を変えました。旅館は24時間365日営業しているので、なかなか皆が集まることが難しい業態です。今まで昼礼、夕礼で伝えていましたが、結局全員が参加できなくて、漏れがあったり、ミスがあったりしました。そういった連絡事項だけの会議を全てなくして、このSNS上で全部投稿し、読んだら『いいね!』を押すのです。現場で起こったことが経営者まで即時伝わりますので、いろいろな問題を早めに経営者が気付いて、根本的な対策を打ったり、フォローをしたり、いろんなことができるようにもなりました。
陣屋コネクトの社内普及
この陣屋コネクトを社内でどう普及させるのかが一番の課題でした。その中で、私やおかみ、マネージャーが積極的に使うことが一番重要だということになりました。皆に情報共有できるので、手間がかかるようですが明確に伝わります。そして証拠が残るというのも重要なところです。あとはログインしないと、仕事にならないような環境をつくるのがもう一つの大きなポイントです。出勤してからまずログインしないと、きょう何をやっていいのか分からないという状態にだんだんとなっていきました。
ワークスタイルの変革
システム以外にも、働き方、従業員満足度が重要だと考えまして、毎週火曜日・水曜日を休館日にするというのを2014年から始めました。今は週休3日です。あとは有給休暇を完全に取得するなどを実行したことで、結果的に離職率は10分の1程度まで下がりました。休むときは皆で休む、その代わり営業しているときはフルメンバーで、最高のおもてなしをする体制が出来てきました。
休館日を設けることで、サービス業が休むとはどういうことかとお叱りを受けたこともありましたが、世の中の流れも変わってきて、共感していただくお客様が増えてきました。休みのときに改装とかメンテナンスを定期的にできるので、品質の維持という意味でも良いですし、使ってない休館日の間にドラマの撮影などで場所を貸したり、そういうメリットもありました。
もう一つの大きな効果として、休館日開けの午前中にスタッフ全員が集まって、今までは忙しいという理由でできていなかった研修会が出来るようになりました。まずは基本をしっかり確認し合おうということで、毎週社内講師を立てたり、外部講師を招いたりしています。
陣屋コネクト導入効果:業績への影響
いろいろな取り組みの中で、売り上げは2億9000万円から、今は4億4000万円と50%程度向上しました。宿泊の単価も、9800円から3万5000円まで上がりました。人件費については、人件費率が46%から26%となり、20%程度下がりました。平均年齢は、私が入った当時は私が最年少でしたが、今は若手も増えてきています。
あとは食材や飲み物の原価率の管理です。今までは、厳密に料理の原価がどうなのか、ロスがどれくらいかを全く見ていませんでした。そこで、記録してみると、閑散期や予約がキャンセルになったりすると大きなロスが出ていました。そこで、まず仕入れたものを入力し売れたものを比較することで、結果的にロスがなくなり、料理の原価率は8%程度下がりました。
売り上げと人件費、原価を改善することで、償却前利益がマイナスだったものからプラスに転じまして、今現在で25%ぐらいの利益率でやっております。
「株式会社陣屋コネクト」の設立
今から4年前、「陣屋コネクト」のシステムを陣屋旅館以外でも使っていただく取り組みを始めました。システム自体もさらに進化させて、結果的に陣屋旅館の生産性もさらに上げていこうということです。他の旅館のいいおもてなしを、システムを提供する代わりに勉強させてもらい、それをまたシステム化して、みんなで活用していけば、日本の観光が元気になっていくのではないかと考えまして、会社を立ち上げました。現在、180以上の施設でご利用いただいていますが、ほとんどが旅館で、一部にホテル・ペンションがあります。
陣屋グループのビジョン
陣屋グループ、陣屋旅館と陣屋コネクトのビジョンは、『旅館を憧れの職業に』というものです。自分の子どもが旅館で働きたいと思えるような仕事にというのがビジョンです。憧れの職業の条件としては、お客さんに喜ばれる仕事であって、そこで働くスタッフとその家族が幸せで、生産性が高い高収益企業であって、世界一の何かを持っている。そして夢を常に持ち続ける仕事であるということをビジョンにしております。
「物語に息吹を。」というコンセプトを7年前に決め、行動指針として「お客様の物語の名脇役である。」ということを掲げています。そして、陣屋旅館自体を「誰もが憧れる世界一の旅館の作り方を研究し、常に進化を続けていくこと」をミッションとしています。
陣屋コネクトプラットフォーム
陣屋コネクトの取り組みとしては、宿泊、飲食、サービス業に特化して、プラットフォームを提供していくことです。陣屋旅館は研究所であり、本当にシステムが使えているのかを見ていただくためのショールームと、そういった位置付けを行っております。
陣屋コネクトは、旅館で使える使用料でないと意味がないと思っています。1ユーザー月3500円で、基本的に全ての機能が使えます。例えば、陣屋旅館は50名おりますので、3500円×50名で、月々18万かかります。このシステムを使うことで、1人分以上の仕事をシステムが代わりにやってくれれば、スタッフは人にしかできないことにもっと注力できるだろうと考えています。
最近では、売上アップや調理場の改革、アウトソーシングの部分も含めてご提案を行い、生産性をあげていく取り組みのサポートも始めております。
最後に
ご紹介させていただいたことは、大企業では当たり前のことかもしれませんが、20室の旅館では当たり前ではなく、これまで非常にアナログなやり方をしていました。それを変えていくには、クラウド活用が非常に有効であると思います。今まで大企業でしか使えなかったようなサービスが、旅館でも3000円台で使えることで、生産性を高められるのではと思っております。
ただこのシステムはあくまで道具ですので、使う人とシステムの両方がずっと継続的に進化を続けていかなければ定着していかないと強く感じております。そして、システムはやがて世代を超えて、お客様の情報とか、おもてなしとか、経営のノウハウ等を引き継いで、次世代を育てる核になるということを信じて、皆で100年続く旅館を目指していきたいと思い、取り組んでおります。
(「SPRINGシンポジウム 2016 in 札幌」より)