2017年9月4日
「公共交通機関としてのインバウンド対応と地域活性化」
私たちは131台の小さなタクシー会社です。8年ほど前に両備グループに入ってから、何か独自性を持っていなければ東京では勝ち残れないということで、以前から取り組んでいた海外からのお客様に特化した会社を目指そうと決めました。
東京のタクシードライバーのレベル
今から10年ほど前。五つ星ホテルのコンシェルジュの方からお電話がありました。海外の大変な上得意様で、お金がいくらかかってもいいから日本を見たいとの事ですが、どこも満足できないというのです。
なぜかと言うと、東京のタクシーのドライバーはほとんど地方出身者で、東京の歴史を知らないので案内が出来ないのです。
私自身、海外在住経験が8年ほどありますが、東京のタクシードライバーのレベルはとても低いという印象です。10年ぐらい前は、何を聞いても知りません、分かりませんとなっていました。海外たとえばロンドンのタクシーでは、何を聞いても答えてくれます。道路の事だけでなく、歴史の事、いわれの事まで教えてくれます。
ありがとうと挨拶の意味から考える
私たちは毎週、外国語の教習があるタクシー会社です。全員が入社3カ月の研修期間中に、必須事項として外国語のマナー研修を受けています。そのマナー研修も外交官の方々にマナーを教えている先生に来ていただいています。
社員の平均年齢は50歳ぐらいだと思いますが、「ハロー・トーキョーでございます。ありがとうございます」という挨拶に対して、公共交通機関でありがとうございますって誰に対してですか、という質問をすると、ほとんどの人が間違っていることが分かります。
私たち公共交通機関は、緑ナンバープレートをいただいています。これは道路上で仕事ができる許認可事業です。私たちは道路がなければ仕事ができません。それを考えたら、税金をお支払いいただいて、道路を造っていただいた全ての方に対して、ありがとうございます、というのが立ち位置になるのです。
そして50歳になる方々に、挨拶の意味を教えてくださいと聞くと、ほぼ9割の人は答えられずにいます。意味を知らないでやることは無意味ということです。まず、こういうところから意識を変えていかないとちゃんとした接客接遇はできません。日本のお客様にちゃんとした接客接遇ができなければ、海外のお客様などはとうてい無理なことなのです。
ものづくりは人づくり
私たちのエリアである墨田区や江東区はものづくりの街です。私が職業訓練校の講師に行ったときに必ず言うのは「君たちはものづくりものづくりと言われているよね。でもね、ものづくりじゃないんだよ。ものを作る人をつくることなんだよ」ということです。
私たちタクシーのように値段が決められていて、同じ車、同じ営業時間、同じ営業エリアだとしたら、何で差を出すのかとなると、サービス内容でしか差はつかないことになります。サービスはCSとか顧客満足度とか言われていますが、私たちの場合はそれが露骨に表れます。いい運転手さん、悪い運転手さん、あの人来させないでください、次もあの人に来てください。露骨に表れるのです。
体験型プランの誕生
五つ星ホテルのコンシェルジュの方からのお客様は、顧問投資会社の会長さんと奥さんでした。毎年日本にいらっしゃるのですが、これまで他のタクシー会社・ハイヤー会社では、ここが何ですよと見せるだけだったので、ご満足されていなかったのです。見ることから感じることの観光に変えよう、そして自分たちで体験できる体験型にしようと考えました。
社内では、海外在住だった人を集めて、どうしたら海外の人に満足してもらえるか、どこに手を付けたらいいかを考えるプロジェクトチームをつくりました。そこから、たくさんのルートが出来ましたが、3時間コースであったり6時間コースであったりという中に、必ず体験プランをいれるようにしました。
地域に残るストーリーを伝える
今から10年ほど前まではまだ規制があり、タクシードライバーは観光をしてはいけないとか、降りてお客さんと一緒に行ってはいけないなど、いろいろと規制がありました。その中で私たちは、英語で昔話をするサービスを追加料金なしで始めました。
当時、築地に行ってツナオークション見るというものが人気になりました。このときに、私たちはツナオークションには目もくれず、その横に波除(なみよけ)通りと波除神社というのがあり、ここを昔話の一つとしていつも語っていました。実は昔、津波や嵐が多かったその地域において、日本や東南アジアでは、波や嵐を起こすのは、タイガー&ドラゴンだと思われていました。そこで日本人は、それより強いものを祭ればきっと防げるのではないかと考えました。タイガー&ドラゴンより強いもの、それはライオンだったのですが、江戸時代の人はライオンを見たことがありません。見たことがないので、真っ黒な獅子の獅子頭を二つほど飾ったのです。ですので、そこにはこま犬がおりません。こんなストーリーを海外の方にお話しします。これにはお金は一銭もかかってないのです。そういうストーリーをお話しできる場所が、東京には数え切れないほどあります。
教育の価値
私たちのエリアには両国国技館がありますが、近くには土俵のある料理屋さんがたくさんあります。土俵は女子禁制ですがそれを説明すると「差別だ」と言われます。「それは違います。実はこれは神事なんです」ということをちゃんと説明すれば、納得して頂けるのです。
これは、お客様を納得させるだけの知識がないとお話できません。私たちは、常にこういう観光講座というものを会社でやっています。これは、ものづくりではなく、ものを作る人をつくることにつながっているのです。両備グループは教育を非常に大切にしています。教育には随分とお金がかかっていますが、大切にしている価値観です。
日本酒テイスティングとフードサンプル
10年ほど前に始めたこととして、日本酒のテイスティングがあります。私たちは地域文化を発信しようと思い、「私たちが海外のお客様を連れてくるから、海外のお客様にあなたの商品を持って帰ってもらいたい」とお話して、地域住民の方々と一緒に始めました。それまで1合だったものを1ショットで売ってもらい、テイスティングできるようにしていただきました。いまでは大繁盛となっていますが、当時、テイスティングが出来る日本酒の酒屋はありませんでした。もう一つはレストランのフードサンプルがあります。スパゲティにフォークが刺さっているフードサンプルです。海外の方はあれを見て感動されるので、かっぱ橋にお連れしました。それがフードサンプルのブームの始まりです。
独自サービスが困ったことに
この二つは私たちが起こしたブームですが、この後、私たちは大変困ることになります。
実は、私たちドライバー全て英語ができるわけではないのです。300人いる社員の中で、40人程度です。その40人を3段階に分けて、普通のフル送迎ができるレベル、普通のお客様のご案内ができるレベル、観光もネイティブにできるレベルの3種類に分けています。
6月は株主総会の時期なので、多数の顧問投資会社の方々が来日されます。わずか131台の会社で、英語を話す40人が隔勤で働いていますので、1日に扱える車が20台ぐらいとなります。私たちのキャパを大幅に超えてしまっているのです。
もう一つ困ったことは、私たちはサービスの一環として電話オペレーターを英語や中国語で対応します。そういうタクシー会社は残念ながら東京には1社もありません。私たちは、ドライバー経験のある人間がオペレーターとして電話を取って配車します。海外から来るメールなども全て処理しています。そのうちハロー・トーキョーに頼めば、人を1人出さなくて済むという話が出てきたのです。
というのは、成田空港に海外から人が来るから、本当は迎えに行かなければいけないが、ハロー・トーキョーに頼めば、誰も行かなくても観光までしてくれて、ホテルへ連れていってくれる。そうしたら、人1人助かるじゃないかということです。
そのうち、今度は日本の現地法人を飛び越えて向こうからメールややりとりがされ、海外の本社と、日本の支社の間で連絡が滞ることが起きました。そこは整備させていただいて、私たちのできる範囲内を行うことで、今に至っています。
海外と日本
私たちが他の会社と違うのは、アメリカ人ドライバーや、ペルシャ語を話すアフガニスタンのドライバー、中国人ドライバーなどがいます。東京は地理試験というのが大変難しいので彼らにとっては至難の業ですが、うちで仕事をしたいという希望や熱意が強く、今、働いていただいています。
私たちが海外に出るときはガイドブックを見ると思いますが、海外の人たちもガイドブックを見て日本に来ます。ですので、ドライバーには、海外のガイドブックには何が書いてあり、何を望んでいるのかを研究してもらいます。ガイドブックは結構雑だったりして、違うことが書いてあることもよくあります。それを理解してもらうのがドライバーにとって難しい時もあります。
公共交通機関としての顧客満足度とは
私たちは運賃として車を運行しています。黙って走っても同じ値段です。お客様にたくさんお土産を持って帰ってもらっても同じ値段です。私たちは公共交通機関としてのお客様に対する顧客満足度というものを常に考えています。どれだけたくさんのお土産話や思い出を持って帰ってもらえるか。同じ値段で同じ車でできる最高のプレゼントになればいいなと思い、日々運行しています。
これからを見据えると、ワンボックスカーでの送迎が東京でのはしりの会社ですので、2020年までにもう少し拡大したいということと、あとは言語の強化を考えています。フランス語が用意できていないので、何とかしたいと考えています。
人を作ること
これまで私たちの取組みをお話させていただきました。131台しかない小さなタクシー会社ではありますが、一つのモデルケースだと思っています。なぜならば、タクシーの値段は一緒で変えられないものです。値段が同じ中でどれだけの差を出すのか、選ばれる会社になるんだという思いを全員が共有する。自信と誇りと尊厳を持って仕事に当たれるようにする。
「人をつくる。人を教育する。」
そういうことが、私たちにとって一番大事なことだと思っています。
(「SPRINGシンポジウム 2016 in 福岡」より)
※注釈:高橋氏の「高」は、正しくは「はしごだか」で表記します。